あんたのどれいのままでいい

とあるBABYMETAL中毒者の手記

まさかの踊りレビュー(2)

素人がプロの踊りをうんぬんするコーナーが約1年ぶりに帰ってきた。今回も持ち前の厚顔無恥なところを存分に発揮していきたい。

ヤバッ!
猫じゃらし的な何かと見てまず間違いない。とりわけ魅力的に映るのは「ピッポパッポピッポパッポピー」の人差し指だ。何だかよくわからないが目を奪われる。吸い込まれそうな感じさえする。仮にわたしが猫ならば無我の夢中で飛びつくだろうこと請け合いの踊りである。

AMORE-蒼星-
高さ20メートルのステージでひらりひらりと舞い踊るSU-METALを観るたびに「奉納」の2文字が脳裏をかすめる。ほとんど神事と言っていい厳粛さと霊妙さとをしかと味わいたい。

シンコペーション
人類史上最高にかっこいい糸巻きが誕生した。無論、糸巻きのみならず、冒頭の力感溢れるポージングから「デーンデーンデーン!」でグッと腰を落として身構える、この一連の流れには闘志のようなものすらうかがえるし、本来なら少女趣味的な「スキ、キライ」のくだりまでもが少々サディスティックな塩加減を帯びるとあっては速やかに降参するほかない。総じて何やら仏像的な、もっと言えばインド神話的なニュアンスを認めるのはわたしだけだろうか。

GJ!
カワイイ検知器の針が振り切れるやつである。けれどもカワイイ方面にばかり気を取られていては、YUIMETALとMOAMETALの真価をつらまえ損なう。一生懸命などという賛辞が最早失礼にあたる領域に達しつつあるのではないか。

Tales of The Destinies
東京ドーム公演での初披露までにどれほどの練習を重ねたのだろうーーそう疑問せざるを得ないのはマジ半端ねえ仕上がりだからである。ディテールのひとつひとつを決しておろそかにしない鋼鉄魂が伝わってくるからである。「伸ばすところは最後まで伸ばす。止めるところはしっかり止める。ほーら、中途半端にしないの」などと幼い頃から口酸っぱく指導されてきたものと憶測する。そうでなければこうはならないはずだ。畢竟すべてが見どころである。

先日ふとマイケル・ジャクソンが生きていたらと考えた。彼はBABYMETALのパフォーマンスをどう見ただろう。もちろん想像の域を出ないが、こっちがドン引きするほどポジティブな反応が得られたような気がするのである。

ライブ行きたい

5大キツネ祭りへの参加が夢と消えた土曜日、わたしの心と体とは底の抜けたペール缶のように行き抜けになってしまった。

みぞおちの辺りが馬鹿にすぅすぅし、何を飲み食いしても満たされず、結局のところアンラッキーとしか名状しようのない、それ以上でもそれ以下でもない現実の明快さ、素っ気なさ、デリカシーのなさに毎度ながら嫌気がさすのだった。「なんでだよ、ライブ行きたいのに」ーー気のせいでなければ、わたしは自分がそうつぶやくのを幾度か耳にした。

何しろ東京ドーム公演の大はしゃぎから8ヶ月である。待ちに待った小箱ツアーを逸するとなると、さらにどれだけの時間をみぞおちのすぅすぅするまま過ごさねばならないのか。

ここで想起せられるのは映画『マグノリア』の一場面にほかならない。決して叶わぬ恋と知りながら、親子ほども年の離れたゴリマッチョなバーテンダーに想いを寄せる冴えない中年男、ウィリアム・H・メイシー演じる家電販売員の悲痛な叫びが、わたしの脳内にこだまするーー「愛はこんなにいっぱいあるのに、その持って行き場がわからないんだ!」

深々と共感せざるを得ない。彼にとってのゴリマッチョ、わたしにとってのBABYMETAL、そこにどれほどの違いがある?

巨大キツネ祭り開催の一報が飛び込んできた昼休み、したがってわたしは1マイクロ秒も躊躇しなかった。なんやかんやの煩瑣な手続きをやっつけて後日例の長々しいTシャツを入手すると、ザワン先行チケットの抽選へ駒を進めたのである。その結果はーー

おや? なになに? やったー! さいたまスーパーアリーナ2日とも当たったぜー! なるほどなるほどー! これが噂に聞くラッキーってやつかー! キツネの神様あざーす! 行くぜ埼玉!

ちなみにこのとき、わたしの脳内ではスピッツの名曲『正夢』がわんわん鳴り響いていた。重症である。ほとんど恋の病と言っていい。

さて、当ブログは本日しれっと再スタートを切る運びとなった。先のごたくさにより見物客に糞を投げつけるゴリラの胸中がおおむね理解できたことをご報告させていただく。糞の被害に遭われた皆さまへーーハハッ! アンラッキー!

しばらく休む

かつてこの場所には「諸般の事情により窮屈を感じるのでブログの更新を当面お休みする」といった内容の繰り言が並べられていた。

世界を舞台に日々戦い続けるBABYMETALに対照するところ、よっぽど腰抜け的な、あまりにも鋼鉄魂(アツいハート)に欠ける内容だったと言わねばならない。そこで何ごともなかったかのように、しれっと差し替えることにした。

ただひとつ確かなことは以下の通りであるーー身バレ、ダメ、ゼッタイ。

佐助稲荷神社

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鎌倉の佐助稲荷神社を訪ねた。瀟洒な家々の左右に軒を連ねる曲がりくねった路地をしばらく歩くと、新緑と鳥居の朱塗りとが織りなす鮮やかなコントラストが目に飛び込んできた。

 

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例によって内心のみだりにざわざわする道行きである。いわゆる潜在意識がいくつものシンボリックな意味合いを感じ取るからだろう。

 

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拝殿で「キツネ祭りのチケットが当たりますように」とお祈りした。すると、どこからか威厳に満ちた声が聞こえてきた。「ほほう、またしてもキツネ祭りか。つい先日もお前さんと同じくらいな年恰好の男がやってきて、チケットがどうのこうのと熱心に祈願しておったわ。まあ案ずるでない。その程度の願いなら余が手を回してやれんこともないのでな」

 

やったー! キツネ祭りのチケットが当たるー!

祝・だいたい1周年

BABYMETALに出会ってだいたい1年が経過した。

相手が相手ならそれなりの贈り物を用意すべき局面である。「だいたい」などと言葉を濁さざるを得ない不行き届きについて、もっともらしい言い訳を案出すべき局面でもある。あいにくと言うべきか、有難いことにと言うべきか、その必要はこれっぽっちもない。

かわりにわたしは自問するーーおいブタ野郎、お前はこの1年間「どれい」の名に恥じぬ忠誠心を呈してご主人様に尽くしたか?

これがそうとも言い切れない。何しろ今年の2月と3月、わたしはBABYMETALをほとんど聴かなかった。ときおり思い出したかのように映像作品を眺めては、「はあ、めんこいなあ」と溜め息をつく程度だった。

不安である。一種の強迫観念的な不安がBABYMETALを遠ざけたのであるーーもしかするとわたしは自分を甘やかすのではないか? このままポップで楽しくて可愛らしい音楽ばかりを聴き続けたら、いつか脳味噌がゆるゆるになってしまうのではないか?

3月下旬の肌寒い夜だった。仕事を終えたわたしは心身ともにくたびれ果てていた。のろくさとした足取りで駐車場を横切り、車に乗り込んでエンジンをかけたとき、ふと、アルコール依存症患者のいわゆる頭脳明晰な一瞬とやらが訪れた。そうしてわたしは自分がなすべきことをはっきりと理解したのだったーーよし、しばらくぶりにBABYMETALを聴こう。せっかくだから遠回りして帰ろう。

自宅に帰り着く頃のわたしがどんな心境だったか?

まったくの偶然ながら、そのときの心境はジ・ミッシェル・ガン・エレファントの名曲になぞらえることができる。天国へ引っ越して久しいアベフトシ師匠のツンデレMCを含むライブ動画を、ここに満を持して紹介したい。


翌朝、エネルギッシュに目覚めたわたしは、洗面所の鏡に映る奇妙なヒゲを生やした中年男について、おおよそ以下のような洞察を得たーーどうやらこのおっさんの心と身体とは、依然として強く、激しく、ほとんど滑稽なまでにBABYMETALを求めるらしい。BABYMETALでしか得られない特別な何かを細胞レベルで必要とするらしい。おお、なんというブタ野郎。

そんなわけで祝・だいたい1周年である。